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瞑想の扉 意識上昇関連

「接続次元と存在と宗教観について」│意識上昇

今まで、表で書くと面倒くさい事になるかな~と思っていたテーマです。
これを誤解なく語る事って、けっこう難しい。だから私も正直なところ、明言する事を避けていました。
でもまあ、私がどんな信条を持っていて、どんな宗教観を持っているのか、という事を気にしている人もいるかもしれないし、
意識向上とか、人格を高める事を謳うようなアイテムを頒布しておいて、この辺を語らないで居るのは良くないかな。。と思いまして。いずれは書くつもりだったんですが、今日はたまたま、ドリーン・バーチュー博士がキリスト教に回心したっていう話題が飛び込んできたので、ドリーン博士を引き合いに出しながら、私自身の事を少し書いてみようと思います。

まずは、ドリーン博士の変化について、私自身が個人的に思う所を書きたいと思います。
予め書いておきますけど、私はドリーン博士を批判する意図は全くありません。ドリーン博士の選択は、今の彼女にとっては最善だったのではないかな、と思っています。
ドリーン博士に対して大変失礼な言動だと捉えられる文脈もあるかと思いますが、私の率直な思いを書きたいと思っています。

ドリーン本人が語っている動画
https://true-ark.com/lifestory-doreen-virtue/

上記の動画があまりにも長いので、時間がない方にはこちらの記事をお勧めします。
ドリーン・バーチュー博士のウィークリーリーディング終了の理由

ていうか、2年前なんですね!?ドリーンが回心したのって。←情報が遅い

すみませんね。。。私こんな趣味持ってる割に全然スピ業界の事リサーチしてないんですよ。。以前スピリチュアル業界で辛い思いをしたもので、それ以来スピ業界の「流行」には関心を持てなくなっていまして。。今もほとんど関心ないんですけど(←)知らなかったのひょっとして私だけですか?(←)遅くなってすみませんて感じですよホントに。。(笑)

どうりで、アプリのデッキの方で変な仕様変更してるな。。何でこんな事するの?と思ってはいました。←
ただ、私自身はドリーンのオラクルカードをほとんど持ってますし、初期の頃はかなり使っていましたが、それも5、6年くらい前までの話で、最近はもっぱら自己内観系の、自分の心の状態を見つめるのに役立つカードを、判断材料が足りない時に現状を把握する為のツールとして使っています。

。。私はもうドリーンのカード全然使ってないのよな。だって解釈が甘すぎて。励ましの言葉じゃねーの私が欲しいのは。悩みがないような気分になりたいわけじゃないの。それはただの錯覚なの。(←歯に衣着せない表現だとこうなる)

あのね、カードは嘘つきますよ。

という誤解を招くような書き方をまたする。(笑)
でも、霊感がある方なら、多分解ると思います。4次元(幽界)に強いコネクションがある人は特に解るんじゃないかな、と思います。

カードの話題が出たので、私自身の経験と所感を書いておきます。
どんな時にカードが嘘をつくかというと、
・悩みに対する答えをカードに求めている時
・自分以外の存在に助けてもらいたい、導いてもらいたいという他力本願的な姿勢で居る時
・自分の無意識がエゴ(低次元の存在が共鳴しやすい状態)で満たされている時

これはタロットカードの場合でも同じですが、私の実感では、タロットよりオラクルカードの時の方が「他存在からの干渉」をよく感じます。

タロットって、基本的に解釈の型が決まってるんですよ。
人が一生のうちに成長する過程、人の精神(魂)の成長過程を大アルカナと小アルカナそれぞれで表していますので、その型からはみ出ない解釈をしない限りは、特別変な「啓示」のようなものは降りてきません。タロットは論理的で合理的です。直観で操作するからそんな風には感じないかもしれませんが。。そして客観的にビシッと痛いとこ突いてきます。(笑)

現在世界中に広まっている、主にライダー版のタロットは、元々西洋の魔術団体が完成させたもので、それらの魔術団体、一つではなく当時は沢山ありましたが、19世紀から20世紀にかけて、「キリスト教の代わり」になる信念体系を作り上げようと模索を続けていました。その流れから、現在のニューエイジ思想に発展して現在に至っています。
だから、この部分だけ見ていても、キリスト教がタロットを禁止する理由は「異教を信じるな」という事で明らかなんですね。そうしないとキリスト教が廃れてしまうからです。魔術はキリスト教にとっては「キリスト教に取って代わろうとする異教」なんですよね。
当時の魔術団体は、キリスト教以外の宗教、例えば仏教や他の土着信仰、既存の哲学などからヒントを得て、新たな信念体系を築き上げようとしていましたから。だからニューエイジ思想にもインドのヨガやチャクラ、オーラという概念が残っています。
「魔術団体」という言い方は、実はキリスト教側から見た時の呼称だと、私は思っています。「キリスト教以外の宗教は悪魔だ」という概念がキリスト教にはまだありますから。

19世紀末から20世紀にかけて、西洋においてはキリスト教の社会的影響力が下がってしまった時期でした。戦争が絶えなかった時代で、世界大戦が2度もあり、キリスト教に限らず既存の宗教を信仰していても救われないと感じるような時代だった、と私は推察しますし、当時の歴史的な資料を読んでいてもそんな風に書いてある。でないと、数多の「魔術団体(新興宗教)」が興隆し、比較的学歴のある者や知識人がそれらの魔術団体に押し寄せ、社会的影響力を持つまでにはならない。
だから、その流れを受け継いでいるニューエイジ思想は、「LOVE & PEACE」なんですね。。戦争大嫌いですよね。ニューエイジ誕生の経緯からして、「戦争を無くそう、争いは何も生まない」となるのがごく自然な流れですね。
逆にキリスト教は過去に多くの国に戦争を仕掛けている宗教なんですけどね。。←
さっき、キリスト教の社会的影響が下がった、と書きましたが、むしろキリスト教の負の影響が強くなったから戦争が起こった、と考えても、間違いではないような気がしています。あくまで私見です。

話を戻します。
ドリーン博士は、タロットに関しては「教会が禁止しているから」という理由で、「タロットについてそれ以上考えると信仰が揺らぐ」と思考を停止してしまっていて、自身の答えを持っていないように見受けられました。個人的には残念だなあと思う回答でした。
私自身は「神から啓示を受ける為」ではなく、先ほど書いたような「自己内観ツール」としてタロットを使っています。
なので、私自身、自分の解釈でタロットを書いて使っていますけど、普段そんなにタロット引かないんです。タロットの解釈を考察するのは好きなんですけど、占術に使うのは「ちょっと辛いなー。。今自分どんな状態?」と思った時だけです。私自身は、毎日カード引いたりしません。

自分以外の存在(次元の低い存在)から影響を受けてカードを引いている時って、カードの答えがブレまくります。畳みかけるような感覚で「こうしろ!こうしろ!」とカードが言ってきます。引けば引くほど結果的に混乱させられます。そういう時はカード引いちゃダメです。カードの言う事を聞いちゃダメです。

オラクルやタロットに限らず、カードを引く時は、
・心をフラット(無)にすること
・現在の自分の状態を知り、そこから解決策を探る為に引くこと
・カードから予想される「未来」というのは、「今の自分の行動次第でいくらでも変化するものだ。確定はしていない」という事を常に忘れないようにすること

私が心掛けている事はだいたいこんな感じです。
解決方法は、基本的には自分で考えます。カード読んで、この結果が出てるなら、じゃあこうすればいいかな、みたいな感じで。「結果(未来)」のカードは、「こう行動したらこういう結果が出るんだな」程度の解釈で、それが嫌なら、じゃあ行動や考え方を変えればいいや、と考えます。

ドリーン博士もキリスト教に回心してから言っていますけど、未来は予測するものではありませんね。私は、未来は自分で作るものであって、カードはその為にどんな方法があるのか、何が最善なのか、どう心掛ければいいのかを模索する為の内観道具であると思っています。

カードはあくまで自分を知る為の道具です。その結果に縋ってはいけない。

こういう宣託用品を、「道具」として認識しておくのは大切な事だと思います。
私は自分が頒布している「72天使パーソナルチャート」も道具だと思っていますので。

ていうか、ドリーンはタロットの事をほとんど知らずにカード作ってたって事なんですね?
そういう事でしょ?
私ちょっとびっくりしたんだよドリーンの動画見て。この人タロットの事理解してないじゃん!って思ってしまって。。
まあ、それなら確かにドリーンのタロットは全部友人との共著で、「共著だったものからドリーンの名前だけ消す」っていうのも納得ですね。
なんか、動画ではしきりに「私には印税収入は一切入りません」って何度も言っていたけど、じゃあ、以前はそういう収入の為にやってたのかな。。みたいに思わなくもないですが私には真偽のほどはわかりません。。(笑)

72天使の話が出たので、宗教観の話を少し。
私が扱っている「72天使(72の神性)」「生命の樹」を含む「カバラの秘儀」は、元々「ユダヤ教神秘主義思想」から発祥したものです。

でも私はユダヤ教徒ではありません。(笑)
ユダヤ教の「信仰」に関しては、むしろ文献で調べた程度しか知らない。←

ユダヤ教から発祥したカバラは、時代を経てキリスト教の要素も含むようになりました。前述の魔術団体が、キリスト教の要素をカバラに取り入れていったんですね。。当時の魔術団体は、既存の宗教の「良いとこ取り」をしようとしたんです。だから既存の哲学や仏教やユダヤ教のカバラだけでなく、キリスト教の良い部分も自分たちの「教義」に取り入れています。
現在「魔術師(高等魔術を扱う者)」を名乗って活動している方の大半は、19世紀から20世紀に興った魔術団体が体系化した「教義」を使っているはずです。
私自身もそのうちの一人、という事になりますが。。
私自身は、それを信仰してはいません。
信仰じゃないんですよ。宗教というより哲学を扱っている感覚です。
当時の魔術団体は、その教義を宗教の代わりとして編み出したのだろうと思いますが、私の感覚では、その教義の中にはもはや宗教という感覚が感じられません。
私に信仰心がないという意味ではありません。魔術は私の信仰対象ではない、という意味です。

私にとっての高等魔術は、あくまでも自分の意識や人格を高める為の手段であり、道具の一つです。

道具だからって、魔術をぞんざいに扱っている、というわけではないです。私にとっては、私が持って生まれた本来の性質を知り、私の人生を好転させてくれた、大切なものですので。

じゃあ日月は一体何を信じてるの?
という話になると思います。
ここからちょっと、「接続次元」のお話になるかと思います。

私は基本的に、人間がある一定の高い意識レベルや人格を獲得すれば、宗教は必要なくなる。と思っている人間です。
ただそれは、時が来れば勝手にその時が訪れて人類全体がレベルアップするんじゃなくて、あくまで人類の、個々人の成長努力次第です。私はそう思っています。
なんか、以前ありましたよね。。人類の意識レベルが5次元にシフトしたっていう話。。私はあの頃、5次元(アストラル界)に繋がり始めたばっかりの頃でしたね。
それからどうなってるのかは、リサーチしてないので知りませんけども。。そういうチャネリング情報は、集合意識(アカシック)にアクセスして得るものが大半だと思いますが、たまに、「あんた誰のアカシックに繋いで情報得てるの?」ていう人をちょくちょく見かけます。。個人でやっている人だけでなく、かなり有名なチャネラー、セラピストであっても、です。

あなた、一体誰のアカシックレコードに繋がって情報得てるの?

チャネラーの皆様は一度自問自答してみてください。。←

私は、チャネリングで神託を得る際には、一つ絶対的に厳守している事があります。

自己の最高次の神格以外の存在には絶対に繋がらない。

「繋がるなら、自分自身の神格(10次元以上の次元)に繋がりなさい。他に繋ぐと危ないから」
と、今から9年ほど前、私に教えてくれた人がいました。
それ以降、私はアドバイスが欲しい時は、自分自身の最高次に繋がるように心がけています。
ちなみに、
・いわゆるオカルト系の人が言う所の、亡くなった人の魂がいるという幽界が4次元、
・妖精や妖怪や天使とか言われるものや、「もうひとりの私」がいるアストラル界が5次元、
・その上がハイヤーセルフが存在する6次元、
・その上に更にハイヤーセルフにとってのハイヤーセルフが存在し、
・更にその上に自身の魂が在籍するグループソウルが存在し、
・宇宙や地球の構成要素としての元素次元の自分が存在し、
・更にその上が神や女神と言われる「自身の神格」がありまして、ここがおよそ10次元。
・で、まだ更にその上に、分岐する前の自身の魂が所属している「大天使(11次元)」がいて、
・その上が「無」とか「全一」とか「創造主」(12次元)とか言われている次元ですね。
次元の測り方は人それぞれだと思いますが、これが私個人の基本的な理解になります。
ちなみに私は、「大天使」の次元までは直接接続した事があります。その上にも行こうかと思ったんですけど。。行ったら溶けて無くなっちゃうじゃないですか(意識的に)。。何故か「溶ける」という事だけは解ったんですけど、でもその時に行っておけばよかったなと今更思っています。(←)まあ、また必要ならば行って繋がれるはずです。(笑)

初めて10次元から上に繋ぐ時って少し特別で、一度「死んだ」ようになってしまいます。。スピ業界ではこういう時の事を「臨死体験をした」と言うんでしょうか。でも、私が体験したのは「あの世を見てきて価値観が変わった」という内容ではありません。

私は事故とかアクシデントに遭って臨死体験をしたわけでなくて、数年かけてずーーっと内観作業をしていた時に、私の魂が「準備できた」というタイミングで、10次元から上への接続作業がありました。私のハイヤーセルフと、その時私を見守ってくれていたメンターから開始の合図がありました。メンターは、作業中に他存在から干渉されないようにその場の守護を担当し、当時の守護天使が私のグラウンディングの補助を担当してくれました。
肉体から中身が一旦抜けたような感覚。座って目を開いていたのですが目の前に見えているものがしばらく白黒の色の無い世界になり、物質の輪郭にだけほのかに色が見える。身体の感覚がなくなってきて肉体に力が入らず、しばらくすると白黒の視界にも焦点が合わなくなり、何も見えなくなってきた、いつの間にか耳も聞こえない。ヤバい意識なくなる?と思ったその直後、自分の肉体よりもずっと大きなものが、さーっと、音もなく、とてもゆっくりと私の中に降りてくるのが視界でも見え、私はその大きなものにすっぽり包まれたようになり、それが肉体に定着すると、視界に色が戻り、意識もはっきりしてきました。肉体から中身が抜けたと思った時は肉体よりも小さかったものが、戻ってきた時はとてつもなく大きくなって私の肉体に収まった。。そんな感覚でした。呼吸の感覚も弱まって、一瞬本当に死ぬかと思いましたわ。。(笑)
肉体と精神とのチューニング(感覚をシンクロさせる作業)にしばらくかかりました。。抜けて戻ってきたのにかかった時間は多分5分くらいなんだけど、終わってから感覚がハッキリ戻るまで、多分1時間くらい動けなかったですね。時間の感覚が解らなくてハッキリ言えませんが。。

こういうの何ていうの。。多分、一般的には「イニシエーション」って言われている。。んだと思いますけど。。(自宅で突然始まったので周りに誰もいなかったから確認取りようがない)
その数か月後ですかね。。2010年の12月に、マザー・ローリーに見てもらった時に、「あなたはもう自分の神格(10次元以上)と直接繋いでメッセージを受け取る権限を持っています」と言われました。
そう言われて、あ、やっぱりアレってそうなのか。と思いました。←
以前どこかで書いた、「愛の粒子しかない幸せな次元(私の感覚では11次元)」に繋がった体験とは別の体験になります。

。。で、ドリーン博士は一体どこに繋がっていたんですって?(←おい)
私が動画を見て彼女の話を聞く限りでは、5次元の域を出ていない。。と推察します。
ハイヤーセルフ(6次元)にすら届いていないのは、チャネラーとしては危険すぎる。
ホント危険すぎる。
だから、ドリーン博士がキリスト教に回心した事は、むしろ彼女にとっては良かったことなのだ、と私は今回の事を受け取っています。
むしろ彼女のイエス・キリストとの出会いは、彼女のハイヤーセルフからの「お告げ」だったのかもしれません。「高次に繋がれないならニューエイジはもうやめなさい」という事だったのかな、と。。
私の「過去生での魔術の師匠」が「彼女は本来の姿に戻っただけだ」と言っていたようですけど皮肉でしょうかそれは。。(苦笑)

ドリーン博士が「宇宙や自然を神だと思っていた」と言うのを聞いて、日本の八百万神信仰かな?と思ってしまったのですが。。いや。。宇宙は。。被造物ですから。。「神様の一部」ではありましょうけども。。どうりで、日本がアセンションを先駆けてるような言い方をしていたのは。。ドリーン博士じゃないや、マイク・ブースだわ。。でもそれって日本には自分と似た感覚の人が沢山いるという事ですよね?(もうやめなさい)

ドリーン博士の言っている「アセンデッドマスター」というのは、5次元の割と高い所に居る存在の事でしょうか。それとも完全に低次の存在に騙されていたのでしょうか。。それは本人にしかわからないと思いますが、5次元は良いものも悪いものも入り混じって存在していますから、繋がる相手を間違えると酷い目に遭います。チャネリングをするなら相手を見定める判断能力は絶対に必要です。
というか、4次元(幽界)や5次元(アストラル界)に繋いでも「神託」は得られません。
そこに「神様」と呼べるような神格を持った存在はいませんから。5次元て低いですもん。。次元的に。意識レベル的には3次元と何も変わらない所が5次元、アストラル界です。
私は5次元以下では「友人」レベルの存在に会えれば良い方だと思っています。「友人以下」の存在に出会う確率の方が、むしろ多いと思います。

自力で「神様」と呼ばれる次元に繋がる為には、意識向上や人格向上の努力が不可欠です。
見えない存在に頼っているうちは、向上は出来ません。
私はやっぱり、自分が経験して得てきたものしか書けないので、こういう書き方になってしまってご不快な思いをさせているかもしれませんが。

低い次元(5次元)から抜け出す為には、一度全てを捨ててしまうしかありません。

5次元以下に存在するもの、全てを手放すんです。
そこで繋がった仲の良かった人、そこに属する存在、その存在次元そのものを手放して、更に上へ向かう、という決意が必要です。

普通にチャネリングして繋がれる次元って、せいぜい6次元が限度なので、6次元のハイヤーセルフに繋がれれば大したものだと思います。
6次元から上に繋がれれば、やっとそこから「自己の中心」の入口です。
そこから上は、昇れば昇るほど雑音がなくなっていく。周りに誰もいなくなっていきます。とにかく5次元以下は雑音が多すぎます。長く身を置くには危険すぎる場所なのですが、精神を鍛えて判断力や決断力を身に着ける学びの場と捉えるなら、害があるだけの場所ではなくなると思います。

私も、低い次元で慣れない間は随分と苦しめられました。低次元の存在に騙されたり泣かされたり、トラウマになるようなものを見せられたりしました。

「それも経験です。恥じる事はありません。
あなたはよい経験を積んできました。
この経験によって、これから間違った方向へ導かれる事は、ほぼ100%あり得ません。
どうすれば間違うのか、あなたは既に知っているからです。
自信をお持ちなさい。自信を持って、高次のものに繋がりなさい。
愛していますよ。ずっと見守っています」

自分の神格に繋げるようになってから、もらったメッセージの一部です。
久しぶりに9年前のメモ開いたわ。。懐かしい。(笑)

その後の私は、自身の高次に繋がれるようになったからと言って、低い次元に繋がれなくなったわけではなく、何かしら言ってくる存在と言うのもたまにいますけど、まあ、大抵は、

無視ですね。

たまに、「聞こえる人」が、いちいち「上からの声」に耳を傾けて、その指示に従おうとして振り回されている人を見かけますけど、

従わなくていいんですよ。

旨い話があるだの、私のメンターや守護天使のフリして私をコントロールしてみようとしたりだの、私に好意があるフリをして実は復讐しようとしていたりだの、あの手この手を使ってきますので、これはもう、感覚と、判断力、決断力を磨いて切り抜ける力を身に着けるしかありません。訓練です。

「何かしら言ってくる存在」に関して少しだけ。
そういう低次元の存在の大半は生きている人間の念です。
つまり生霊です。死んだ人間が関わってくる事ってほとんどありません。

生きてる人間の方が、死んだ人間よりもずっと影響力があるしエネルギー的にも強いし怖い。

というのが、私がアストラル界に繋がれるようになってからの感想です。
一個人のエゴや低俗な思念が、3次元とは別の人格を持って5次元に存在している。というイメージです。それが妖精や妖怪や天使や悪魔や龍神などに見えています。中には3次元に肉体の無い人もいますが、私は大抵は3次元に肉体がある人と出会います。
なので、私自身の感覚では、アストラル界で出会う自分以外の存在は、3次元で出会う人と変わりありません。

私にとっては、5次元での存在を見分ける訓練は、人間関係の訓練にもなりました。

私は自分の経験からこういう理屈を持ち合わせているので、高次に住まう「神」と呼ばれる存在も、元々は一個人の地上にいた人間の人格から形成されたものだと考えています。その「神」の人格にどれだけのレベルの格があるのか、どれだけ高い波動を持っているのかは、その神格の持ち主である一個人次第だと思っています。
たとえそれが有名な宗教のご神体であっても、それが当てはまると思っています。そのご神体の「モデルになった人」というのが必ずいるはずだと思っていますので。それが、3次元の人格とは完全に切り離されて、その神格を生み出した本人とは全く別物として、長い間多くの人々に崇拝され続けている。中には3次元での伝承が残っている神格もいますが。
私の「神様」に対する捉え方はそんな感じです。

だから、なんていうんですか、「本物」に出会うのって大事ですね。。でも本物って、低次元の存在が入り混じっているような場所には居ませんよ。。だって「本物」ですから高い所に居て当たり前ですし。。

私は、上の次元に繋がり始めた初期の頃は特に、徹底的にその指示の根拠や理由を追求してきました。私の元々の性格が「納得できなければ行動出来ない」というのもあるのですが、これが低次元のネガティブな存在と、そうでない本物の援助者を区別するのにも役立ちました。
たとえハイヤーセルフからこうしなさいと言われた、と思っても、

なんでそうしなきゃいけないのか、その根拠を示せ。

示してくれるまでは絶対動かん。

と、ハイヤーセルフに食って掛かるんですよね私。←
納得できて、自分でもそうしたいと思えば素直に従いますが、少しでも怪しいと思うと納得するまで聞き続けますし言う事聞かない子です。←
「イメージングと内観」の記事にも書きましたけど、私は、
高次存在と地上の自分とは対等でなければならない。そうでないと「高次」に振り回されて地上の自分は潰れてしまう。
と思っていますし、そう経験してきたので、たとえ相手がハイヤーセルフであろうと、自分の最高次の神格であろうと、あくまでも対等な立場で話を聞き、それに従うかどうかは、地上の私自身が判断して決定します。

だって自分の責任になるんですよ?
どんなに凄い人、崇高だと思われるような存在にこうした方がいいと言われたって、
それ実行して責任を負うのは3次元の私ですからね。
自分が責任を負える事しか、私は引き受けません

あ、他人の神格には従う必要はないです。

お友達にはなりたいと思いますけど。

なので私、たとえ相手がジーザスであっても、盲目的に従ったりはしません。勿論、敬意は払います。自分以外の神格レベルの存在に対しては、礼儀を弁え、それ相応の敬意を払うべきです。ジーザスを信仰している人も、もっと他の宗教の神格に敬意を払うべきだと思っています。心の底では他宗教を軽蔑しているような様子を、キリスト教圏に住む人の中によく見かけるので書きました。

でも、
地上で生きているのは、あくまでも私なんですよ。
地上でどうするかは、「神」が決めるのではない。私自身が自分で決める責任がある。
他人の神格に従ってしまったら、その人を教祖として新興宗教が興ってしまいますよ。(笑)

なので、私が自分の神格に繋がってメッセージを降ろしてもらっても、他人に対して「私の神格のメッセージに従え、そうしたら幸せになれる」とは絶対に言えません。

私の神格から降ろしてもらったメッセージは、あくまでも、私だけに向けられたメッセージであり、私に限定されたアドバイスです。

「私専用の神様」みたいなもんですよね。。。(笑)
でも、そういう人が増えて、互いの神格を敬い敬意を払いながら接することが出来たら、それこそ素晴らしい世界になると思うんですけどね。。私はこっちのグループの考えが好きだからこっちに属する、あなたは違うグループでしょ?とか、宗教や宗派の違いで戦争してる場合じゃないんですよ。争う所はそこじゃない。

あと、他人の神格や高次意識を乗っ取って、それを自分のハイヤーセルフだと言って見せびらかしたりエネルギーを利用するなんてもってのほかです。

そういう事を4次元(幽界)や5次元(アストラル界)でする人の事を、世間一般では「悪霊」って言うんです。

以前そういう人を見かけましたので書きました。虚栄心の塊かよ。と私は憤りましたけど。地上に居る神格の持ち主の精神にも悪影響を及ぼしますので絶対にやめてくださいね。ていうか、そもそもそんな人はサイキックで居る資格はないですよ。早々にスピ業界から消えて頂きたい。

ちょっと宗教の話に戻ってもいいですか。
意思決定において、自己確立が非常に重要になってきます。
自己を確立するっていうのは。。自立するっていう事なんですけど、精神的な自立って、なんだと思います?
まあこれは、あくまで私の持論ですけれど、「寄って立つものの根拠、軸になるものを、自己の中心に持つ事」ですね。

宗教を信仰するということは、精神の軸になる拠り所を他人に頼るという事です。私はそう思っています。
私からすると、それは精神的に自立してるとは言えない。
特定の宗教を信仰していると、意思決定の基準が、「信仰している宗教の教義」になります。それは本人が自らの意志で考え出して決めた意志ではない。誰か他の人のいう事を聞いて意思決定を放棄している状態であり、自分が信じている「他人の思想」に縛られているという事です。それって「真の自由」とは言えませんね。

「神に頼る」という言葉は、「自己の最高次の神格にアドバイスをもらう」という意味で使うのなら、有りだと私は思っています。

なので、今の私は、特定の宗教を信仰するっていうのが、出来ないんですね。。
私は、宗教そのものは、必要だと思っています。よっぽど変な教義や儀式や搾取や殺人を執り行う宗教でもない限りは否定しません。
でも宗教は、人が自分の軸を掴めるようになるまでの、自己確立の手助けをするものであるべきだ、と私は思っています。確立できれば、宗教から巣立ってもいい、と。
それが出来ない宗教は、ただの政治活動団体なのです。
この意味わかってくださるかな。。治安維持と政治的方針を決める為の「数の力」として利用されるんです、宗教は。ちょっと歴史をさかのぼって調べてみたらすぐわかる事ですが、遡らなくてもわかりますね、今の日本にもありますからそういう宗教。

ここまで書いても分かりにくいという方がいらっしゃるようですので明記しておくと、
私が信仰しているのは、「私自身が血の滲む思いをして私の存在の中に築いた軸そのもの」です。
そして私は、自分の存在を顧みず人の為に尽くそうとする自分の神格が大好きです。

宗教に関する私の理解はこんな感じです。。なので、私は特別に信仰している既存宗教はありませんが、神社にはお参りに行ったりします。いつも美味しいお水を頂いている神社がありまして。。お水を汲んでからお礼のお参りをしたり、そこで決意表明したりします。お願いは特にしません。ただ「がんばりますから見守っててください」という感じです。それは、私以外の周りの人(神格)に温かく見守っててほしい、応援してほしい、という感覚でしています。だってそうじゃないと、独りよがりになってしまうでしょ。
元々神道ではお願い事を叶えてもらうというより、神様の前で「やります」と決意する感じですよね。私には割と、そういう方が合っていますね。アファメーション感覚でお祈りしています。

住んでいる土地の宗教と馴染んでいると生活が安定しますね。神道は特に二十四節気など天文学的な節目に合わせて行事を行うから、私には馴染みやすいのかもしれません。
最近は御朱印集めをするようになりました。これは宗教全然関係なくて、刀剣乱舞の影響なんですけどね。(笑)魔術的には文字自体に力があると考えますし、神社やご神体の名前を書いて頂けるっていうのは、高い波動のエネルギーにご縁を頂けていると感じられていいな、と、そういう意味でも好きで集めています。最近の御朱印すごく凝ってて可愛いし。最近はお寺の御朱印も頂くようになりました。神社とは波動が全然違いますよねえ。。そういう所も面白いです。

思想を改める系の宗教は癖があってとっつきにくいんですが、神道は生活する為の基盤のような雰囲気が強くて、今のままの私を受け入れてもらえてる感じが好きです。信仰とかじゃないんですけど。(笑)

普段の私はこんな感じですけど、私の実家は浄土真宗、夫の実家は日蓮宗。まあ日本の場合は宗教が関係あるのはお葬式の時くらいなので問題ありませんね。(笑)
私は仏教系大学に通っていました。その在学中に頂いた法名(浄土真宗は戒名ではなく法名)があります。キリスト教でいう洗礼名ですね。以前は、ちょっと仰々しいかなと思って見せるのを控えていたんですけど、今は気にならなくなりました。

私の法名は「釈 智船(ちはん)」といいます。
漢字に意味がある名前って好きですね。大乗仏教では「船」は救いを求める民衆を乗せて極楽浄土へ運ぶものです。私は「智恵」を使ってその船を運ぶ役割なのかしら、と思ったりしてね。(笑)
いや、でも、私の魂の元々の「素地」がこういう性質なんだと思うのです。だから、こういう性質は行き過ぎると自分ばかり犠牲にしてくたくたになって潰れてしまうので、私は「自分の好きな事をやってるだけですけど、それが誰かのお役に立っていれば幸い」という、ある意味で謙虚な姿勢と気持ちでいた方がいい、と思っています。

まだ全然スピリチュアルのスの字も知らなかった女子大生の頃に頂いた名前なんですけどね。今みたいに色々見えていたわけではないですし。。親には「お前がこんなたいそうな名前もらうのは何かの間違い」って全否定されましたが、お坊さんの目から見てそういう名前だと判断されたという事だから私は親の節穴のような目よりお坊さんの目を信じる事にしますよ。大器晩成型舐めたらあかんで。←

でもこの名前を頂いたからと言って、私は仏教信仰してるわけではないんですよね。←
音楽学部があった大学がたまたま仏教系大学だっただけ。(笑)
でも京都の西本願寺で聖歌を歌ったりとか、普通の人ではなかなか体験できない事をさせてもらったので、全然悪くなかったですね。貴重な体験でした。

私は全然仏教的な生活はしていませんが、自分の葬式の時にはこの法名を使ってもらおうと思っています。名前はすごく気に入っているので。
この名前をもらった時、なんだか自分の事を認めてもらえたような気持ちになって、すごく嬉しかったんです。なので、使わせて頂こうと思いました。
仏教の法名を使ったからといって、私の軸が揺らぐことはありませんしね。死後に魂が振り分けされるわけでもない、全て自分次第。。という事も、こういう霊的な「見る聞く」をしているとよく分かりますし。全然縛られないですよね。

逆に、地上で「仏教は嫌だから別の会葬にする」って頑固にしてる方が面倒くさいな。。そこは特にこだわりないから普通のでいいよ。でも法名だけはコレ使ってね気に入ってるから。
と思ってる私です。
浄土真宗の法名で日蓮宗の葬式やってもらってもいい。と思ってるくらい、私はこだわりないんですけど、多分これはお坊さん側が許さないんじゃないかな。面倒くさいですね。(笑)
「救い」ってのは、そういう所にこだわる事じゃないんだよ
とか、思ったりしてね。(笑)

お葬式に関してですけど。。あれは、死者の為というより、遺族の為の儀式だなあ。。と思っています。遺族が納得して送り出せるかどうかが一番のポイントかなと。
でも、死者を冒涜するような行為はしてほしくないので、最低限のアウトラインは設けておこうかなと思ってますけど。私は丁寧に扱ってさえくれればそれで充分ですが。
あと欲を言えば。。遺骨はコンクリート張りの墓石の中じゃなくて直接土か海に返してほしい。。一部は残しといてもいいから。。遺骨がずっと残ってるのって地球の食物連鎖から外れて生きてるみたいで嫌じゃん。。私は地球の灰になりたいの。。マジで言ってますからこれ。
最近は遺骨を貴石加工してもらうのもいいなと思いますけど、それは遺族が私の骨で出来た石を持ってたいかどうかによると思ってます。(笑)

宗教の話からお葬式の話までしちゃいましたね。他に聞きたい事ありますか?(笑)

ドリーン博士の話を織り交ぜながら書いてきましたが。。すこしだけまとめると、
ドリーン博士は結局のところ「信仰者」だったのかな。と思いました。
自分で分析して自分の価値基準で判断して行動してるんじゃなくて、凄いものを見てこれだ!と思ってそちら側を信じる事にした。。という風に感じました。
でも、ドリーン博士自身が言っていたように、今まで彼女が見てチャネリングしてきたものが、そもそも低い次元の存在だったとするならば、キリスト教への回心によって今までよりも比較的高い次元に彼女自身が移れたという事で、結果的に良かったのではないかと思います。ただ。。これは本当に私の個人的な感想でしかありませんけど、ドリーン博士が語る動画を見て、「まだ幼いな。やっとそこなのか」と、感じました。気分を害される方がいたらすみません。

今までスピリチュアル業界で大きな影響力のあった人ですから、彼女を信じていた人にはショックな出来事だったろうな、と思いますけど、
私個人的には、スピリチュアル業界にとってこの出来事はプラス方向への前進じゃないかな、と思っています。低い次元の情報に惑わされる人が減る、という意味で。
スピリチュアル業界も、大きな節目を迎えたという事じゃないかな。。むしろこれからが本番だと思いたいですね。より堅実に謙虚に、真っ直ぐに高次に繋がり、互いの神性や魂を尊重できる人が増えるといいですね。

インディゴチルドレンやクリスタルチルドレンに関しての情報を広く知らしめたのはどなたでしたっけ。。あの情報も完全とは言い難く、私自身はマザー・ローリーから直接リーディングを受けて、自分がクリスタル色の魂を持つクリスタルチルドレンである事を告げられたにもかかわらず、「クリスタルが大量に生まれる時期とあなたが生まれた時期は大幅に違う」という理由で、大半の人には信用してもらえませんでした。(私は今40代後半です(笑))

そんな事もあって、私は既存のスピリチュアル業界は好きじゃないんです。

私は自分が傷つけられた経験もあったので、どこに接続して得たのか分からないようなチャネリング情報は、私は基本信用していません。

チャネリングってそんな事に使うものではない。自分の心の成長の為に自分自身の高次に繋がり、謙虚に自分を磨く指標とする為にチャネリングはあるのだ。と私は思っていますので。

まあ、私はしがない一個人の魔術師なので、これからもここで自分の作りたいものを作ってお見せしていくだけです。
この記事を読んで、私に対して疑問や不信、不快感を抱いてしまった方には申し訳ありません。そういう方は私とはさっさと縁を切って頂いて、別の気の合う人を探して頂くとして、
仲良くしてくださる方には、どうぞよろしくお願い致します。


久々に1万4千文字越えたぞ。。もう少し早く書けるように回復したい。(笑)
 
 

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